2010/09/10

皆勤賞の意義

僕が関わるチームには皆勤賞制度がある。

意義や目的についてのアナウンスはないが、
小学4年生までのキッズ向けのツールだと思う。

一方、高学年になって「皆勤賞狙い」はちょっと違うと思う。

高学年は結果で勝負。
そのためには1日たりとも休まず練習したい!の結果として、
皆勤賞が附属してくるなら納得。
とはいえ、キッズ時代さながらに、「とりあえず出社」する選手が散見される。

こうして現代社会の予備軍は輩出されているのかと思うと、
社会問題の源泉は大人にあり。

早くこの制度の位置付けを見直したいものです。

2010/09/08

野球の神様

最近、野球の神様という言葉が好きになった僕。
桑田真澄氏の「心の野球」を読んだことがきっかけ。

この前の日曜日は秋のリーグ戦の第三戦があった。

第二戦で途中交代となった息子は、
1番から5番に降格?したものの、3の2。
うち1本は会場ルールにも助けられてのランニングホームラン。

この一週間、暑い中、走りこみや自主練をしたことを野球の神様は見てくれていたのかなと。

親やコーチや監督にほめられるより、
野球の神様に微笑んでもらうのが一番嬉しいに違いない。

桑田真澄氏ありがとう!

2010/09/02

美しいカラダと書いて躾

先日、お葬式に行ってきた。
小学校二年生のとき初めてお葬式に行って依頼、何度目だろう

変な話しだけど、僕はあるときからお葬式がとっても好きになった。
理由は省略。
そして今回も葬式からとっても大切な学びがあった。

躾は言葉ではなく父ちゃんの背中でみせるもの。

ミシンに生涯を捧げた生き方から、
子供たちは立派に育つという知恵を残した故人に、ありがとう。

2010/09/01

マークアレンの言葉

今日はトライアスロン界の英雄であるマークアレンの話。
今月配本されたtriathron tripのインタビュー記事内に素晴らしい言葉があった。

彼は禅マスターとも呼ばれ、
トライアスロンを引退したあとは、サーフィンを楽しんでいるという。

そんな彼の言葉を紹介します。

私がいつも念頭においていることが2つあります。
「恐れ」と「あきらめないこと」です。
(中略)
その2つの感情のすき間に「無の境地」があり、
その境地に到達することが肝要なのだと教えてくれました。
(1995年のhawaii ironman大会を振り返って)
(中略)
やめたいと思ったところから一歩踏み出すと何かが待ち受けていて、
それを経験することによって人生の教訓を得ることができます。
このような長い過酷なレースにでることが「祝福」であることを
考えて欲しいのです。

信念を持つ人は、仕事でもスポーツでもアートでも人生でも、
一歩踏み出すことの大切さを知っていると思う。

すがすがしい気持ちにさせてくれたマークに感謝!